大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和58年(ヨ)1580号 決定

申請人

永島庸

右代理人弁護士

平尾孔孝

甲田通昭

中川和男

中村真喜子

藤田正隆

被申請人

千代田工業株式会社

右代表者代表取締役

遠越英行

右代理人弁護士

中安正

主文

本件仮処分申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

(当事者双方の申立)

申請人は「申請者が被申請人に対し雇用契約上の権利を有することを仮に定める。被申請人は申請人に対し昭和五八年四月二二日以降本案判決の確定に至るまで毎月二五日に金一二〇、〇〇〇円を仮に支払え。」との決定を求め、被申請人は主文と同旨の決定を求めた。

(申請人の主張)

一  被申請人は機械器具、工具の製造、販売等を業とする会社である。申請人は昭和五七年四月二一日淀川公共職業安定所(以下「淀川職安」という。)の紹介により期間の定めのないトレーサーとして同日被申請人に雇用された者であるが、被申請人は昭和五八年四月二一日申請人に対し雇用期間満了を理由に契約が終了した旨通告し、同日以降申請人を従業員として取扱わず、その就労を拒絶して今日に至っている。

二1  申請人の採用及びその後の経緯

(一) 申請人は昭和五七年四月二一日淀川職安から求人票によって被申請人の労働条件について、職種はトレーサー、雇用期間は常用にて期限の定めなし、就業場所は淀川区当社、作業内容は設計室におけるトレース作業その他、賃金は毎月二〇日締めの二五日払いで月額一二万円である旨紹介された。

(二) 申請人は同日被申請人会社会長遠越準一の面接を受け被申請人から前記の労働条件で翌二二日から同年七月二一日まで三ケ月の試用期間を定めて採用された。

2  試用期間の経過と本採用

申請人は昭和五七年四月二二日から設計課岩本伸一の指導の下でトレース業務に従事し、同年七月二一日までの試用期間も無事経過し、本採用となった。

3  被申請人の証明

申請人が子供の保育継続のため大阪市淀川区福祉事務所に提出すべく、被申請人に対し勤務先、勤務時間、職種、就労型態等の証明を求めたところ、被申請人は昭和五七年九月二一日「措置理由証明及び申告書」(〈証拠略〉)において申請人の職種がトレーサーで、就労型態は常雇であることを証明した。

4  被申請人の退職勧奨と就労妨害

岩本伸一は昭和五八年二月初め頃より何回も申請人に昭和五八年四月二一日付で退職するよう勧奨した。そして被申請人は同年四月上旬より申請人にほとんど仕事を与えなかった。

5  以上のとおり本件雇用契約は期限の定めのない契約であるから、被申請人のいう期間満了を理由とする契約終了の通告は全く理由がなく、現在も申請人は被申請人の従業員である。

三  申請人は被申請人から本件雇用契約終了の通告以前に一ケ月金一二万円の給与の支給を受け、これによって三才の子供との二人の生計を維持してきたものであり、本案判決の確定まで右賃金の支払を受けることができないとすれば、回復し難い損害を被ることとなるので本件仮処分申請に及んだ。

(被申請人の主張)

一  申請人の主張一の事実中、申請人が期間の定めのないトレーサーとして被申請人に雇用されたことは否認するが、その余の事実は認める。

二1  同二の1の(一)の事実は認める。同(二)の事実中申請人をトレーサーとして採用したこと、雇用期間の定めがないことは否定するが、その余の事実は認める。

2  同2の事実中申請人が昭和五七年四月二二日から設計課岩本伸一の指導の下に設計図面の整理等の雑務処理に従事したことは認めるが、その余の事実は否認する。

申請人は昭和五七年五月の勤務において遅刻、早退を計一二回も行い、就業懈怠時間は計三〇時間、六月において遅刻、早退計五回懈怠時間計一四時間、七月において遅刻、早退計四回懈怠時間計一〇・五時間を数え、仕事中もくわえ煙草で図面整理をしたり大きな声で私語を交したりして職場の作業能率を低下させるなど、勤務態度は良くなかった。そこで被申請人は同年六月下旬頃から数回申請人に対し、勤務態度を改善しないと試用期間満了と同時に本件雇用契約を終了させる旨通告したところ、申請人はもう少しだけ雇ってほしいと懇請してきたので、被申請人は試用期間を延長した。試用期間の延長であることは試用についてすら契約書を作成している被申請人が同年七月二一日以後同年一〇月二二日まで何らの契約書も作成せず、又同人に辞令も交付せず、昇給や諸手当の取り決めもしていないことから明らかである。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は否認する。

岩本は昭和五八年二月下旬申請人に対し念のため本件雇用契約終了の日が同年四月二一日であることを通知しただけで退職勧奨をしたことはない。

5  同5の主張は争う。

三  同三の主張は争う。

四  期限の定めの存在

1  被申請人は設計図面の整理等の雑務を行う特別職(嘱託)を臨時に雇い入れるため昭和五七年一月一九日淀川職安に別紙求人票記載の条件で求人の申込を行ったが、その紹介期限は同年三月三一日であった。なお雇用期間が常用とあるのは一週間のうち一日だけ出勤するような非常勤ではなく毎日出勤する常勤であることを示すもので、期限の定めのないことを示すものではない。

2  申請人は紹介期限経過後の同年四月二一日被申請人に応募したのであるから、被申請人は右求人票に基づいて申請人を雇用したのではない。被申請人相談役遠越準一は同日申請人と面接し、労働条件について、臨時に図面の整理等雑務に従事する特別職(一年以内の期限の定めがある)として採用すること、正社員には皆勤手当、家族手当、時間外手当と退職金制度があるが、申請人にはこれがないことを説明して申請人の了解を得たから、臨時に特別職として採用したものである。

3  被申請人は昭和五七年一〇月二二日申請人を特別職として同日から昭和五八年四月二一日までの期間を定めて雇用すること、その他の条件は就業規則によることを十分説明して、これらの事項を明記した契約書(〈証拠略〉)に署名押印することを求めたところ、申請人はこれを承諾して署名押印したのであるから、本件雇用契約は昭和五八年四月二一日までの期間の定めのある契約である。そして昭和五八年一月一二日付の大阪市淀川区福祉事務所に対する申請人の「措置理由証明及び申告書」においては就労型態は「嘱託」と明記されていることによっても期間の定めのある契約を締結したことは明らかである。

4  申請人が特別職である根拠は、(1)被申請人は正社員として採用する場合は辞令書を交付しているが、申請人には交付していない、(2)正社員には皆勤手当、家族手当、時間外手当及び退職金制度があるが、申請人にはこれらはない、(3)正社員の就業時間は午前八時から午後四時四五分までであるが、申請人のそれは午前八時三〇分から午後四時四五分までであった、(4)賞与の額が正社員よりはるかに少額であった、(5)正社員は親睦団体「八楽会」を作っており、毎月給料の一部を積立てているが、申請人はこれに加入もしていないし、もちろん積立てもしていないことである。

5  本件雇用契約は被申請人が延長しない限り昭和五八年四月二一日の経過により当然終了するところ(就業規則第五〇条六項)、被申請人はこれをしなかったから、本件雇用契約は同日の経過により終了した。

五  仮に四の主張が認められないとしても、被申請人は以下の事由に基づき昭和五八年二月下旬本件契約の更新拒絶の通知をしたが、これは昭和五八年四月二一日付解雇の意思表示と解することができるので、雇用契約は予備的に就業規則五三条二号の已むを得ない事業上の都合による解雇により終了したと主張する。

1  服務原則(就業規則二五条)違反

申請人は昭和五七年一一月以降上司の岩本伸一の業務命令に何度も従わなかった。又被申請人と従業員間においては昭和五七年四月以降午前一〇時と午後三時に一〇分ずつ休憩する取り決めをしていたのに、申請人は自らこれを破った上、他の従業員にも従う必要はないと社内秩序違反を教唆した。

2  会社の信用保持義務(就業規則二八条)違反

申請人は昭和五七年一二月二〇日ごろ、従業員の机の配置換えを行った際、上司の岩本伸一に対しその理由をしつこく問い質し、以て就業規則二八条所定の反抗的言語行為をした。

3  職務専念義務(就業規則三一条)違反

申請人は勤務時間中再三新聞や単行本を読んだり、時には机に顔を伏せて居眠りを行い、又腕を組んで他の社員や外来者をじろじろ眺めまわしたり、あてもなく職場内をぶらぶら歩き回り、以て職務専念義務及び職場離脱禁止義務(就業規則三一条)に違反した。

4  無断欠勤

申請人は昭和五八年一月四日から一月三一日までの間に一月四日、二二日、二五日から二九日まで合計七日間の無断欠勤を行ったうえ、五・五時間の早退をした。就業規則によれば無断欠勤が一ケ月間に七日を超えた時は懲戒解雇となる(五六条四項)ところ、申請人の右行為は懲戒解雇事由には該らないにせよ、これに準ずる悪質な服務規律違反である。

5  設計雑務の必要性がなくなったこと

被申請人はコンピューターが本格的に始動するまでの間、一時的に設計室の雑務処理のため申請人を採用したが、昭和五八年四月二一日には、設計雑務の遅滞分はほとんど処理されたうえ、コンピューターが始動して設計業務は著しく能率化し、申請人の手を借りる仕事は全くなくなってしまった。

(被申請人の主張四、五に対する申請人の反論)

一1  被申請人の主張四の1、2の事実は争う。

2  同3の事実中申請人が昭和五七年一〇月二二日から昭和五八年四月二一日までの期間の定めのある契約書に署名押印したことは認めるが、これが有効な合意であることは争う。

昭和五七年一一月はじめ頃被申請人の経理担当である岡村某は申請人と申請人より二ケ月早く雇用され、トレース業務に従事していた片岡順子の両名に対し、雇用期間の定めがあり(申請人については昭和五七年一〇月二二日から昭和五八年四月二一日まで)、その他の条件は就業規則による旨の記載のある書面に署名押印するよう求めた。片岡は何も言わず署名押印したが、申請人は岡村に右書面の意味を質問し、岡村から「皆もしている」という説明を受けた。申請人はその意味がわからなかったが、片岡も署名したし、皆もしているというので、右契約書に署名押印した。以上の作成経緯であるから申請人は本件雇用契約に期間の定めを付することを承諾したものではなく、申請人と被申請人間の本件雇用契約はいささかも変更されるものではない。

3  同4の主張は否認する。

被申請人の就業規則では正社員と臨時雇を辞令書の交付、就業時間の長さ、八楽会への参加等により区別する条項はない。被申請人の給与規定一条は臨時雇には給与規定の適用がないと定めているのみであり、臨時雇には諸手当、退職金を支給しないとの定めはないから、退職金、諸手当の支給されない者が臨時雇であることを明示するものではない。又賞与の額については被申請人の就業規則、給与規定にはその算出方法の定めがなく、被申請人の恣意に委ねられている現状では、賞与の額の多寡をもって常用か臨時雇かを区別することはできない。

4  同5の主張は争う。

二  同五の主張は、契約解除権の行使には条件や期限を付することが許されないとされていることに反するから主張自体失当である。又やむをえない事業上の都合による解雇の有効要件は、会社側が経営困難等の打開のため人員整理の必要があること、解雇者が合理的基準により選定されたこと、解雇回避のための措置が十分講じられたことの三点であるところ、被申請人はこの点につき全然主張しないから、やむをえない事業上の都合による解雇の主張は主張自体失当である。

又被申請人の主張五の1ないし5の事実は全て争う。申請人は欠勤する時は、いずれも上司岩本の許可印をもらい、それを岡村に届けている。

(当裁判所の判断)

一  申請人の主張一の事実のうち被申請人が機械器具、工具の製造販売等を業とする会社であること、申請人が昭和五七年四月二一日淀川職安の紹介により被申請人に雇用されたこと、被申請人が昭和五八年四月二一日申請人に対し雇用期間満了を理由に契約終了の通告をし、同日以降申請人を従業員として取扱わず、その就労を拒絶していること、同二の1の(一)の事実、同(二)の事実のうち申請人が遠越準一の面接を受け、翌二二日から同年七月二一日までの三ケ月の試用期間を定めて採用されたことは当事者間に争いがない。

二  申請人は労働契約の内容につき求人票記載のとおり期間の定めのないトレーサーとして雇用されたと主張し、被申請人は臨時に設計図面の整理等の雑務に従事する特別職(一年以内の期間の定がある)として採用したと主張するので以下検討する。

1  求人票の記載と労働契約の内容

求人者が公共職業安定所に求人申込をするには求人票に労働条件を明示してなすものとされているところ、求人申込は職業紹介の要求であって法律上申込の誘引にすぎないが、職業安定法第一八条が求人者に対し労働条件明示義務を公法上の義務として定めている趣旨は戦前のようにありもしない好条件をちらつかせて労働者を勧誘し、実際には劣悪な労働条件を労働者に強いるというような弊害を除去するためと解されること、又求人者が求人票に労働条件を明示する際、それが契約内容となることを当然の前提としているし、求職者も右求人票の記載がそのまま労働契約の内容となることを前提にしてそれを最も重要な資料としてどの企業に応募するか決定していることを考慮すると、公共職業安定所の紹介により成立した労働契約の内容は、当事者間において求人票記載の労働条件を明確に変更し、これと異なる合意をする等特段の事情のない限り、求人票記載の労働条件のとおり定められたものと解すべきである。

2  これを本件についてみるに、前記争いのない事実と疎明資料によれば、被申請人は保管図面の整理、破損図面の補修、紛失図面の補充、図面リストの作成等設計業務に付随した雑務を行う人員が不足しており、図面整理等が一段落するのに要する期間は長くても一年程度と考えられたので、これに従事する特別職(嘱託)を採用しようとしながら、昭和五七年一月一九日、別紙求人票のとおり労働条件を記載して、これを淀川職安に提出して求人の申込をしたこと、申請人は以前半年くらいトレースをした経験があるので、トレース業務で長く勤められる勤務先に就職したいと思って淀川職安でトレーサーの求人ファイルをさがしていたところ、昭和五七年四月二一日被申請人の求人票に職種がトレーサーで、雇用期間が常用、五五才定年制との記載があったので、これに応募しようと思ったこと、求人票には経験年数二年以上とあったので、淀川職安の係員を通じて被申請人に経験年数を満たしていないことを告げ、それでも面接が受けられるか問い合わせたところ、被申請人が面接する旨回答したこと、そこで申請人は同日自らの履歴書と淀川職安からの紹介葉書を持って被申請人会社へ赴き被申請人相談役遠越準一の面接を受けたが、その際遠越準一は会社の概要を説明し、労働条件について就業場所は当社、就業時間については午前八時三〇分から午後四時四五分までであるが、始業時間については希望により変更できること、作業内容は設計室におけるトレース作業、設計図面の整理その他賃金は日給月給で毎月二〇日締めの二五日払いの月額一二万円であること、採用後三ケ月間は試用期間とすること等説明したこと、これに対し申請人は始業時間は午前八時三〇分でよいと答え、被申請人の説明した労働条件を承諾し、採用が決まったこと、申請人は翌四月二二日試用として同日から同年七月二一日まで勤務する旨の契約書(〈証拠略〉)に署名押印したことが一応認められる。

被申請人は求人票の常用という文言は常勤という意味であって、期限の定めのないことを意味するものではないと主張するが、(証拠略)によれば、求人票の雇用期間の欄には常用、臨時の記載があり、そのいずれかを選択して丸をつける他括弧内に期間の始期と終期を記載させることになっているところ、被申請人は常用を丸で囲んだだけで、期間の記載をしなかったのであるから、常用といふ文言は期限の定めのないことを意味しているものと解すべきであって、被申請人の主張は採用できない。又被申請人は面接の際申請人に対し、臨時に設計図面の整理等の雑務処理に従事する特別職(一年以内の期間の定めがある)として採用する旨説明し、申請人がこれを承諾したと主張し、(証拠略)にはこれに副う部分があるが、申請人は前認定のとおり雇用期間について常用と記載された求人票を見て被申請人に応募したものであって仮に被申請人主張のように一年以内の臨時雇用である旨の説明を受けたとすればこれを簡単に承諾することなく、職安にその旨説明した上、他の企業へ就職しようとするものと考えられるから、前掲証拠は採用できない。

3  右認定事実によれば、面接の際に雇用期間についての話し合いはなされておらず、申請人と被申請人との間で締結された労働契約の内容は求人票記載のとおり雇用期間について期間の定めはなく、業務内容はトレース業務と設計図面の整理等に従事することであると解される。

三  被申請人は申請人が昭和五七年一〇月二二日、同日から昭和五八年四月二一日までの期間付契約書(〈証拠略〉)に署名押印したから、期間の定めのある労働契約であり、同日の経過により雇用契約は終了したと主張するので、以下その点について検討する。

1  申請人が右契約書に署名押印したことは当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、申請人は昭和五七年四月二二日から設計課岩本伸一の下で設計図面の整理等の業務とトレース業務に従事していたこと、試用期間が同年七月二一日満了してからも契約書の作成も辞令の交付もなされていなかったところ、同年一一月上旬総務経理担当の岡村良一が遠越相談役立会の上、申請人に対し、特別職(嘱託)として昭和五八年四月二一日まで勤務してもらうこと、給料は従来と変わりないことを説明し、申請人はこれを承諾して右契約書に署名押印したことが一応認められる。(証拠略)には申請人が意味もわからないまま署名押印したとの記載があるが、右契約書(〈証拠略〉)には期間の定めと就業規定により特別職として勤務することの記載しかなく、意味がわからなかったとは到底考えられないから、右書証は採用できず、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

2  右認定の事実によれば、申請人は期間の定めのある契約書の作成に同意したのであるから、その時より労働契約は昭和五八年四月二一日までの期間の定めのあるものに変更されたものと解され、労働契約は同日の経過により、終了したものである。

四  してみれば、本件仮処分申請は理由がなく且つ保証を以て疎明に代えさせることも相当とは認められないからこれを却下し、申請費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 大工強)

求人票

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例